勉強ができる子とそうでない子の違いは・・・
成績の良い人は、疑問な点があったら、それを確実に理解してから次に進むように、
無意識のうちにしているのです。
学問は川の流れに似ていて、例えば、信濃川上流の山中の泉から河口の海に至るまで、
途中で途切れることなく水が下っていくのです。
たとえダムがあっても、水の流れはそこをうまく通り抜けています。
これが所々で水が絶えそうになったり、よどんで流れが止まったりしたのでは、
良い川とは言えません。
勉強ができない子を見ていると、わからない点を、「まぁ、いいや、あとでなんとかなるだろう」とか
「こんなのは役に立ちそうもない」と勝手に決めて、そこを飛ばしてしまいます。
うまく頭脳の川が流れていかないのです。
ところが、人間は厄介なことに、川の流れをよどませてしまう巨岩だの橋だのダムなどがいっぱいあるのです。
明日からテストだというのに、まだ必要な勉強が半分しかできていない時間の少なさ。
今日はこのくらいにして、あとはまたいつかやればいいと自分勝手に考える怠け心。
今かけたら話が長くなってしまうから駄目だとわかっていながら、携帯電話をかけて過ごす無駄。
「どうせ勉強したって、どうせ頭が悪いんだから、どうにもならないよ」という情けないヤケッパチも
あるかもしれません。
正直に言って、学校の勉強はあまり面白いものではありません。
なぜなら学校は、社会に出る前の練習期間であるからです。
プロ野球で言えば、シーズンに入る前のスプリングキャンプのようなものであるのです。
ここでは試合はなくて、もっぱら黙々と走ったり、筋力アップの体操をしたり、早朝からコーチの激しいノックを浴びて、グランドに倒れるまでしごかれたりして、選手にとってはどこまでやれば終わりなのか、、、目標がはっきり決まらないままに、ひたすら基礎体力作りやチームプレーの練習を一日中繰り返されたりするのです。少しも面白くないのです!
しかし、ここで一生懸命体を鍛えた選手が、レギュラーとしてシーズンを乗り切れ、満足のいく成績があげられるのです。
過去の名選手も現代のイチロー選手をはじめスターになって脚光を浴びる人たちは、ここで他の選手の二倍も三倍も自分を苦しめるのです。
そうは言っても、むやみに肩に力を入れ、向こう鉢巻で勉強すればいいわけでもありません。
長々書きましたが、自分に合った方法を見つけることですね!